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Vol.001「最後笑って、生きていて良かったと思ってもらいたい」

安田修一施設長と管 偉辰(清風園 中庭にて)

リリムジカがご高齢者の音楽療法事業を始めたのは2009年5月のこと。最初の現場は東京都町田市清風園の中にあるグループホーム丘の家清風さんでした。カフェ リリムジカ第一回は清風園施設長、安田修一さんにお話を伺います。

【管】私が始めて清風園さんにお伺いしたのは2009年3月。お試しセッションを経て同年5月からグループホームで音楽療法がスタート。どのようなタイミングだったのでしょうか。

2009年3月。グループホームが立ち上がって8年近くが経つころでした。時間が流れれば環境が変わる。人が変わる。8年前と同じやり方でいてはいけません。ご利用者にもっと元気になってほしい、輝いてもらいたい。そのためにできることはないだろうかと日々考えていました。そこに管さんから音楽療法のお話がありました。

●  リリムジカのどんなところをみて、取り入れてみようと思ったのですか?

私がリリムジカさんを評価した点はふたつあります。ひとつは、「音楽を押し付けるのではなく、その場にいるだけで楽しめる”空間”をつくろう」としていた点。音楽療法には私たちも以前からふれていました。しかし、必ずしも満足のいく内容ではなかった。参加することが義務になっている雰囲気がありました。歌わない人がいると「なぜあなたは歌わないのだ」というような。リリムジカさんは最初から音楽を手段として考えていた。その点に共感しました。もうひとつは、若さです。人間は時がたつにつれだんだんと”こうでなければいけない”という姿勢になってくる。リリムジカさんはなんでも体当たりしながら進もうとしていました。その点を評価して、取り入れることにしました。

音楽には次に来る自分の運命を受け止め させる力があると思います。

● 音楽を通じてご利用者にどんな時間を過ごしていただきたいですか?

音楽には集団をひとつにする力があると思っています。かつて見た映画「エマニエル夫人」のワンシーン。男女が自らの身体を楽器として躍動する姿はとても印象的でした。また、音楽には次に来る自分の運命を受け止めさせる力があると思います。客船タイタニック号が海にしずむとき、運命にあらがわずバイオリンを弾きつづける人たちが居ました。その情景の、美しさ。施設にはいろいろな方がいろいろな背景をもっておいでになります。音楽療法を通じて「そうか、私にはこういう音楽があったんだ」と発見し、前向きな気持ちになっていただけたらと思います。

● ボランティアではない、リリムジカのプロとしての仕事に何を期待しますか?

ボランティアとプロの仕事は比べるものではないという前提はあります。その上であえて両者の違いを述べると、ボランティアは自己実現を志向するものであり、プロの仕事は具体的な成果が求められるものである、という点ではないでしょうか。成果とは、たとえばご利用者の表情の変化などです。確かな技術をもち、そしてそれを絶えず研鑽する。リリムジカさんのこれまでの仕事にはそれを感じてきましたし、これからも期待するところです。

● 音楽療法に限らず、どのような施設づくりを目指していきたいですか?

清風園ではこれまで、ボランティアやメディアの方を積極的に受け入れてきました。自分たちの仕事が「介護福祉と関係のない普通の人」から見てずれたものになっていないか。それを確認し続けるためです。おいでになるご利用者は、そもそも介護福祉と関係のない人たちです。常に風通しをよくしておくこと。その上で、ご利用者に最後笑って、生きていて良かったと思ってもらえるような場をつくっていきたいですね。

※表示されている氏名、役職はインタビュー当時のものです。

(2010年07月29日)

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