リリムジカ通信 vol.3 ~「認知症ケアは人から始まる」

リリムジカと共に音楽療法を実践する方にお話を伺うリリムジカ通信。今回は社会福祉法人一廣会の認知症対応型通所介護(以下認知症対応型デイサービス)「桃の木停ふるさわ」で管理者をつとめる有坂直子(ありさかなおこ)さんにお話を伺いました。

 

【管】まずは有坂さんのご経歴を教えてください。

19歳のとき、友人にヘルパー2級の資格を取ろうと誘われたのが、介護との出会いです。印象的だったのが、授業のビデオに出てきたワンシーン。年配の女性が「ヘビが見える!」と声をあげ、それをなだめる人が出てきました。当時私は認知症のことを全く知りませんでした。「こういう人が世の中に居るのだ!」ただただ衝撃。その後一廣会かないばら苑の面接に受かり、一般のデイサービスで働くことになりました。かないばら苑で働き始めて1年あまりが過ぎたころ、苑内に新しく認知症対応型デイサービスができることになりました。そのとき私は、ヘルパー2級の授業で見たヘビのビデオを思い出しました。認知症の方ともっとたくさん関わってみたい。そう思って異動を希望しました。

 

● 有坂さんの考える認知症のケアとはどのようなものですか?

しかしいざ始まってみると、認知症のケアは簡単ではありませんでした。たとえば常にぐるぐると歩き回られる女性がいました。私は毎回それにつきそいますが、正直「またついていかなければならないのか」と思うことも。しかし、あるときその方の昔の写真を見る機会がありました。その方はかつて男形をなさっていました。着物を着て、ビシッとポーズを。それがとても格好良かった。写真を見て、私は少し理解しました。なぜ彼女が活発に動き回るのかを。元々が活動的な方だったのです。それから考えました。どうしたら彼女がおだやかに過ごすことができるか。いろいろと試した後、あるときカラオケで彼女と一緒にある歌を歌いました。「上海帰りのリル」です。元々歌がお好きな方でしたが、この曲はいつもよりも更に気分良くお歌いになりました。カラオケの後、彼女はおだやかにすごされました。

この一件があって、私は気がつきました。認知症で大変なのは私ではなくてご本人なのだ。その大変さを、私は理解する必要がある。ご本人の生活歴や情報を知っていれば、対応の仕方が見えてきます。このようにして認知症ケアの経験を積み、2009年6月からは桃の木停ふるさわの管理者を勤めています。

 

● 音楽療法との出会いは何でしたか?

はじめて音楽療法と出会ったのは、かないばら苑併設の認知症対応型デイサービスで働いていたころ。音楽療法士さんがやってきて、“箱根八里“を歌いました。利用者さまと一緒に盛り上がった後、その音楽療法士さんは問いかけました。函谷関(かんこくかん)とはどんな意味ですか?万丈(ばんじょう)の山とは?普段は静かな方がお話をされ、大いに盛り上がりました。これを見た後「私も音楽療法をやりたい!」そう思ったほどです。

 

● 柴田との音楽療法。利用者さまの反応、ご家族の反響はいかがでしたか?

マラカスを楽しむ利用者さま

 柴田さんとの音楽療法は2010年の2月から3月にかけて行いました。音楽療法が始まるとき、私は苑に「ぜひ柴田さんにお願いしたい」と希望しました。というのも、2009年の11月、一度だけ柴田さんに来ていただいたことがありました。認知症により普段は気分が不安定な方が、とてもにこやかに柴田さんに話しかけていました。このことが印象的だったので、柴田さんと音楽療法ができたら、と思いました。

 音楽療法がある日、私は毎回ホワイトボードに「今日はピアノを弾きに来る人が来ます」と書きました。いきなり音楽療法が始まると、やはり混乱される方がいます。しかしこのように事前にお伝えすれば大丈夫。柴田さんが来てからも「どこの出身なの?東京?息子が東京で働いているのよ。」と穏やかに進めることができます。幼稚園の先生をされていたある方は、音楽療法に積極的に参加されていました。歌をうたったり、太鼓をたたいたり。当デイサービスでは午前に音楽療法をやっていました。この方は午後になっても鼻歌をうたったり、オルガンを弾くポーズをしたりして気分よくすごされました。

音楽療法に関しては、ご家族も前向きに受け取ってくださりました。音楽療法のある日、私は朝のお迎えで音楽療法がある旨を伝えていました。ご家族さまは「よかったわ。母は音楽が好きだったのよ」と笑顔で答えてくださっていました。

 

● 音楽療法の意義は何だと感じていますか?

そもそも外から人が来てくださることに意味があると思っています。日々顔を合わせている私がオルガン弾いても、何をやっているの?となってしまう。しかし、外から来られた方であれば「あら、あなたどこから来たの?」という風に自然と場があたたまっていく。しかも柴田さんは利用者さまのことを知った上で取り組んでくださりました。安心してお任せすることができました。

 

● 有坂さんの目指す認知症ケアとはどのようなものですか?

認知症の方のケアには環境が重要だと感じています。環境と言っても物や風景だけではありません。周囲の人も、環境に位置づけられます。安心できる人がそばにいるかどうか。これが、認知症の方が穏やかに時間を過ごせるかどうかの鍵になります。だからこそ私は、利用者さまが私のことをどう思っているかに気を配ります。”私はあなたのことを少しは知っています。そして、もっと理解していきたいのです。”このような姿勢をとることで、利用者さまに安心して時間を過ごしていただけると思っています。この意味で、認知症ケアは人から始まると言っても間違いではないでしょう。

 

※表示されている氏名、役職はインタビュー当時のものです。

(2010年08月14日)